1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 01:00:22.34 ID:OIfOevpb0
 ※孤独のグルメという作品とのクロスです
 多分、ドラマやマンガを見てないと楽しめない出来になっちまってます

3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 01:01:36.26 ID:OIfOevpb0
 フィンランドのインテリアショップで知り合った女性・ジョセフィーヌからメールが来たのは三日前のことだった。
 この度、めでたく母親となる彼女のために、俺は祝いの品を見繕いに人形町まで足を運んだのだった。

五郎「『ジャパニーズカルチャーを感じるもの』と言われたが……さてどうしたものか」

 日本贔屓である彼女を満足させられる何かが見つかればいいのだが……。

4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 01:05:38.67 ID:OIfOevpb0
ーーーー

 井之頭五郎は、食べる。
 それも、よくある街角の定食屋やラーメン屋で、ひたすら食べる。

 時間や社会にとらわれず、幸福に空腹を満たすとき、彼はつかの間自分勝手になり、「自由」になる。

 孤独のグルメ―。それは、誰にも邪魔されず、気を使わずものを食べるという孤高の行為だ。

 そして、この行為こそが現代人に平等に与えられた、最高の「癒し」といえるのである。

『孤独のグルメ』

5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 01:07:21.66 ID:OIfOevpb0
 勇んで車を走らせたはいいものの、俺は未だピンと来る物を見つけられずにいた。

五郎「無難に浅草に行くべきだったかな……」

 時計を見る。時刻は12時を回ったところだ。

五郎「……このままだと確実に昼飯を食い損ねるな」

 一旦切り上げて何か腹に入れるかーーそう考えていたとき。

五郎「ん? ここは……日本茶の専門店か……」

6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 01:09:52.53 ID:OIfOevpb0
 日本茶……いいんじゃないか。
 いかにもなジャパニーズカルチャーだ。

 日本茶と……急須と湯飲みでもつけたらどうだろう。

五郎「よし、ちょっと見ていくか」

 ジョセフィーヌの口に合うお茶があるかどうか。
 お茶の善し悪しはよくわからないが、まあ店員に訊ねるなりすればいいか。

7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 01:12:14.75 ID:OIfOevpb0
五郎「ほー、かなり種類があるな……」

 煎茶、ほうじ茶、番茶……かぶせ茶というのは何なんだろう。
 店内は色々な茶葉の入り交じった、それでいて不快ではない香りに包まれている。

五郎「いかんな……猛烈に茶菓子が欲しくなってしまった」

 甘い物が食べたい。
 腹も減ってはいるが、今はお茶と和菓子が欲しい。

五郎「! 二階は甘味処なのか」

 こりゃあいい。お誂え向きじゃあないか。

8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 01:16:32.79 ID:OIfOevpb0
 なかなか気さくな店だ。
 いつかの豆かんの甘味処を思い出す。
 客はまばらで、とても落ち着いた空間が広がっている。

五郎「さて、何にするかな……」

 と、メニューを開いたところで店員が湯飲みを持ってきた。

店員「ご注文が決まりましたらお呼びください」

 湯飲みの中には熱々のほうじ茶が注がれている。

10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 01:21:49.59 ID:OIfOevpb0
五郎「やっぱり良い茶葉を使っているんだろうか」

 一応味わって飲んでみる。

 うん、美味い。
 美味いが、具体的にどう美味いかはわからない。

五郎「茶の道は奥が深そうだな……」

 漠然とした感想を抱くことしかできないな。

11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 01:27:54.62 ID:OIfOevpb0
五郎「すみません、注文いいですか」

店員「はーい」

五郎「この冷やし抹茶善哉というのを一つ」

店員「かしこまりました。少々お待ちください」

 注文をしてしまうと少し気が楽になり、店内を見回すゆとりがでてきた。

 カップルがパフェを食べている。
 美味そうだが、1人で頼む勇気はないな……。

13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 01:31:37.87 ID:OIfOevpb0
 店の雰囲気とほうじ茶の温かさで昼寝の一つでもしたくなってきたころ、窓際の席から話し声が聞こえてきた。

「ーーあの、握手いいですか? 後、できたら写真も……」

「え、えっと……写真はちょっと……」

 見ると、メガネの男性と帽子を目深に被った少女がいた。
 さっきは二人とも独りで座っていた気がしたのだが……。

「俺の友達にもファンがいっぱいいて……この前のライブに行った奴もいるんですよー」

「あ、ありがとうございますぅ……」

 お礼も良いがその男、会話をしながら写真を撮る準備を始めてるぞ。いいのか。

14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 01:34:25.33 ID:OIfOevpb0
 会話から察するに知り合いというわけではなく、あの少女は有名人か何かなんだろうか。

 おろおろと視線をさまよわせる少女は、ほとんど泣きそうな顔をしている。

 助け舟を出したいが……どうしたものか。
 ここで出しゃばっていいものか逡巡する。

五郎「……あのー、すみません」

「え?」

 悩むこと数秒、俺は男に声をかけていた。
 放っておけば、せっかくの抹茶善哉が不味くなりそうな気がした。

15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 01:38:01.03 ID:OIfOevpb0
五郎「事情はよくわかりませんが、そちらの女性、困っているようですよ」

「おっさん誰?」

 おっさんて。
 馬脚を現すのが早すぎやしないか。

「ちょっと写真撮るだけだし、あんたには関係ないだろ」

五郎「彼女は嫌がっているみたいですし、見過ごすわけにはいきませんよ」

 男はみるみる不機嫌な表情になっていく。
 少女は怯えた様子で俺たちを見ている。

 何やら俺まで悪いことをしているような気分だ。

16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 01:42:51.97 ID:uqOTv8kx0
あ、これアームロックだ

17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 01:43:30.09 ID:OIfOevpb0
「良いからどいてろよ」

 業を煮やした男は俺の肩を強く突き飛ばしてきた。
 俺はすかさずその腕を取り、相手の背後へ回す。そのまま両手で腕を固め、関節をキメた。

 ……言い訳のようだが、完全に無意識の行動だった。

「い、痛っイイ! お……折れるうぅ!」

 男の悲鳴でハッと我に帰り、腕を離す。

「く、くそっ! なんなんだよ!」

 男は憎々しげに吐き捨てると、逃げるように店を出て行ってしまった。

18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 01:47:27.21 ID:OIfOevpb0
五郎(やってしまった……)

 後悔先に立たず。
 
 少女は目を丸くして俺を見ている。

 ちらりとカウンターの方を見やる。
 店員は何も言わずに頷いた。
 どうやら俺の蛮行には目をつぶってくれるらしい。

 いたたまれなくなった俺は、とりあえず少女に軽く頭を下げ、自分の席へ戻った。

五郎(ああ……なんだってこんな思いをしなくちゃならないんだ)

19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 01:53:42.56 ID:OIfOevpb0
 ほうじ茶を一口すする。
 早く来い、抹茶善哉。
 早く何か口にして、自分を取り戻したい。

 先ほどから少女がこちらを見ている気がしたが、俺は一切目を合わせようとしなかった。

「お待たせしました。こちら抹茶善哉です」

五郎(お、来たか……)

 ホッとため息をつく。

20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 01:56:42.29 ID:OIfOevpb0
 抹茶善哉は予想外に大きい器に盛られていた。
 抹茶小豆の海に白玉がいくつも浮かんでいて、かなり食いでがありそうだ。

 さらに漬け物もセットで付いてきた。

五郎「なるほど、こういうタイプか」

 これは良い。
 いや、これが嬉しい。

五郎(忘れよう、さっきのことは)

 相変わらず、甘いものというのは胸を躍らせてくれる。

21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 02:00:28.94 ID:OIfOevpb0
 まずは白玉を乗せずに一口。

五郎「もぐ……もぐ」

 口に含んだだけで、舌の上に抹茶の風味と甘さが広がった。

五郎「うん、美味い」

 風味に負けないほどの濃い甘さ。それでいて、全くしつこくない。
 ただの善哉とは一線を画している。気がする。

22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 02:03:11.30 ID:OIfOevpb0
 五郎「お次は白玉だ」

 丸々と肥えた白玉を善哉と一緒に口に放り込む。

 もちもちとした食感の中に善哉が溶け込んでいく。

五郎「うん、これこれ」

 ……って、何が「これ」なんだろう。
 餅も良いが、やはり善哉の相棒は白玉だ。

23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 02:05:54.92 ID:OIfOevpb0
…………

 漬け物をお茶請けにほうじ茶をすする俺は完全に満たされていた。

 一服でもしたい気分だ。
 とりあえず、ここを出るとするか。

 と、会計をしながら思い出す。
 ーージョセフィーヌへの贈り物だ。

五郎「いかんいかん。自分だけ和に浸ってどうする」

25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 02:09:16.29 ID:OIfOevpb0
 俺は再び棚に並んだ数々のお茶たちとにらめっこをする羽目になった。

五郎(うーん、個人的には緑茶一択だったんだが、さっきのでほうじ茶も候補に挙がってしまったな……)

 こうなると、手当たり次第に味見したい気分だ。

「あ、あの……」

 頭を悩ませていた俺に、突然誰かが声をかけてきた。
 振り向くと、先ほどの少女が立っていた。心なしか小さく縮こまっている気がする。

27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 02:13:33.59 ID:OIfOevpb0
「先ほどはありがとうございました……」

五郎「あぁ、いえ。かえって事を荒立ててしまったようで……」

 少なくとも頭を下げられるようなことはしていない。

「ああいうことはたまにあるんですけど、いつも断れなくて……」

五郎「というと……芸能人、だとか?」

「はい。一応アイドルなんです……一応」

 何故二回言った。
 それにしてもアイドルか……最近縁があったばかりだ。

31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 02:19:43.45 ID:OIfOevpb0
五郎「芸能には疎いもので……失礼しました」

「ああ! いえそんな!」

 慌てたように首を振った。
 この少女、いちいち動きが小動物的で面白い。

「765プロダクションっていうあんまり大きくない事務所に所属してるので、知らなくても仕方ないです」

五郎「765プロダクション?」

 その名なら、最近聞いたばかりだ。
 先月のライブの際には仕事を承ったし、何度か訪れたこともある。

五郎「響のいる事務所か」

 俺は彼女に、食事と引き替えに専属運転手まがいのことをさせられたことを思い出した。

32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 02:23:01.04 ID:OIfOevpb0
「響ちゃんのお知り合いの方ですか?」

 少女は丸い目をぱちくりさせた。

五郎「まあ、そんなものです」

 果たして知り合いと呼べるのだろうか。

 タコライス系アイドル我那覇響。
 そんな印象しかないと言ったらきっと彼女は怒るだろう。

五郎「高木社長にはお世話になってますよ。先月のライブで少し仕事をさせてもらったんです」

「わあ! ホントですか!」

33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 02:29:25.20 ID:OIfOevpb0
雪歩「私、萩原雪歩って言います」

五郎「ああ、私は井之頭五郎です」

 俺は条件反射的に名刺を手渡す。
 まあ、一応得意先の社員ってことだしな。

雪歩「貿易商……ってなんだかすごいですね」

五郎「はは、響も似たようなことを言ってました。そんな大層なものじゃありませんよ」

 響は何か勘違いしていたようだが。

34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 02:32:24.56 ID:OIfOevpb0
雪歩「井之頭さん、熱心にお茶を選んでたみたいですけど……お茶がお好きなんですか?」

五郎「ああ、いや、海外の友人へのお土産を選んでいたんです。しかしどうにもこういうのは疎くて……困りました」

 それを聞いて何かを考えていた彼女は、意を決したように切り出した。

雪歩「だ、だったら……オススメをごちそうさせてもらえませんか? 参考になるかわかりませんが……さっきのお礼をしたいんです」

五郎「いや、そういうわけには……それに、さっきのことなら私が勝手にやったことですし……」

雪歩「ダメ……ですか?」

 何故泣きそうなんだ、この子は。
 いかん、またしても俺が悪いことをしているような気分だ。

35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 02:35:42.99 ID:OIfOevpb0
五郎「で、ではそういうことでしたらお言葉に甘えて……」

雪歩「後、私なんかに敬語も使わなくっていいですよ? なんだか申し訳なくて……」

五郎「いや、しかし取引先のお客様でもあるわけですし……」

雪歩「でも響ちゃんは響って呼んでますよね?」

 響はなんというか、許される気がしたのだ。
 ……いや、何を言っているんだ俺は。

五郎「うーん、まあ……じゃあ、善処しよう」

雪歩「ふふっ、それじゃあ事務所に行きましょう。多分、響ちゃんがいると思います」

36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 02:39:31.81 ID:OIfOevpb0
…………

響「へー、すごい偶然だな」

五郎「……あんまりすごいと思ってないだろ」

響「それにしても、雪歩が男を連れてくるなんてびっくりだなー」

 待て。その言い方は語弊がある。

 俺は給湯室でお茶の準備をしている雪歩の背に視線を向けた。

五郎「はぎ……雪歩はお茶が好きなのか?」

響「そりゃもう。いっつも事務所のみんなにも煎れてくれるし、お茶マスターだぞ」

 マスターと来たか。それはなんとも楽しみだ。

37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 02:42:42.95 ID:OIfOevpb0
雪歩「お待たせしました」

 ややあって、どこか満足げな表情の雪歩が盆を持って現れた。

雪歩「色々迷ったんですけど、やっぱり一押しの玉露にしてみました」

響「ぎょくろ?」

五郎「高級茶だな。色々迷った、ってことは他にもあるのか?」

雪歩「たくさん買い溜めしてあるんです。品質を保つためにも二週間くらいで飲みきれる量が一番いいんですけど……なかなか買いに行けなかったりするときもありますし」

 なるほど、マスターの名は伊達じゃない。

38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 02:45:12.27 ID:OIfOevpb0
雪歩「玉露は熱すぎないお湯でじっくり出すのが良いんですよ。だからちょっと時間がかかっちゃって……ごめんなさい」

響「猫舌の自分にはちょうどいいぞ」ズズッ

雪歩「後、お茶請けにこれを……」

五郎「これは……シフォンケーキか。抹茶生地かな?」

 差し出された皿の上には薄緑色のスポンジが鎮座している。
 うーむ……さっきの抹茶善哉と抹茶シフォンで抹茶が被ってしまったな……。

雪歩「お菓子づくりが得意な子がいて、その子と一緒に作ったんです」

響「いつの間に! 自分も誘ってくれれば行ったのにー!」

雪歩「ご、ごめんね。響ちゃんお仕事の日で、春香ちゃんしか都合の合う人いなかったんだ……」

40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 02:49:17.30 ID:OIfOevpb0
 なるほど。では、雪歩と『ハルカ』なる人物の作ったケーキ、味わわせてもらうとしよう。

五郎「いただきます」

雪歩「お口にあうといいんですけど……」

 大きめの一口を含む。

 ……うん。しっとりとしている。なめらかな甘さがある。

 それでいてふわふわだ。
 これは……是非焼きたてで食べてみたかった。

響「むしゃ……もぐもぐ……」

 響はというとひたすら無言で頬張っている。
 何か言ったらどうだ。

41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 02:51:45.19 ID:OIfOevpb0
 口に広がる抹茶の風味をそのままに玉露をすする。

 うん、美味い。
 色の濃さから渋いものだと勘違いしていたが、割合あっさりとした飲み心地だ。
 玉露……ある種の気品のようなものを感じる。

 しかしよく考えてみたら、今俺はお茶のお菓子でお茶を飲んでいるんだな。
 米を食べながら日本酒を飲む感覚に近いのだろうか。

 ……下戸の俺にはわからない。

42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 02:55:29.84 ID:OIfOevpb0
五郎「ごちそうさまでした」

雪歩「ふふっ、ありがとうございます」

響「ごちそうさまー!」

五郎「……響はいつもこんなご馳走を食べられるのか。羨ましいな」

響「へへー、でしょ?」

 胸を張るべきところではないぞ。

44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 02:58:12.95 ID:OIfOevpb0
雪歩「参考になりましたか?」

五郎「ああ、玉露は大正解じゃないかな。友人も満足してくれるだろう」

 そう言うと、雪歩はとても嬉しそうに微笑んだ。

 茶屋で会った、あの吹いたら飛んでいきそうな程儚げな彼女はそこにいなかった。

五郎「今度、何かこのお礼をさせて欲しいな」

雪歩「ええっ!? そ、それじゃ、お礼のお礼になっちゃいます……」

 まあ、確かに。

45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 03:00:46.03 ID:OIfOevpb0
 しかし、食べ物の恩は食べ物で返さなければ。
 ……いや、別にそういうポリシーがあるわけでもないんだが。

響「ぶー! その前に五郎、自分との約束があるんじゃないのか?」

 隣で不機嫌そうに口を膨らませる響。

五郎「いや、覚えてるよ。沖縄料理だろ?」

響「ご飯に連れてってくれるならなんでもいいけど。なんなら三人で食べに行こうよ」

雪歩「わ、私もご一緒していいですか?」

五郎「もちろんいいけど……」

46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 03:02:33.18 ID:OIfOevpb0
響「両手に花だな、ゴロー」

 やめてくれ、柄じゃない。

五郎「雪歩は何か食べたい物はあるか? 何か『これ!』っていう好物でいいぞ」

雪歩「えっと……私は何でも……」

響「あ、だったらあれでいいじゃないか。雪歩の好物」

雪歩「! ひ、響ちゃんそれはあんまり……」

五郎「? 何だ?」

響「焼き肉」

47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 03:04:09.57 ID:OIfOevpb0
…………

一週間後 都内某所焼肉店

雪歩「……」ソワソワ

五郎「別に恥ずかしがることなかったじゃないか」

雪歩「す、すみません……似合わないかと思って……」

響「焼き肉、ってカンジじゃないもんね、雪歩。あはは」

雪歩「うう……前にも言われたよ響ちゃぁん……」

 こんなに恥ずかしがってるの、お前に言われたせいじゃないのか響。

49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 03:05:09.16 ID:xLxt1g5A0
孤独でもなんでもないじゃああああん
けど面白いから支援

50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 03:07:23.71 ID:OIfOevpb0
響「まあまあ、お腹すいたから早く食べよう」

五郎「そうだな。バイキング食べ放題だから、こうしてる間にも時間がなくなっちまう」

 言うが早いか、響と雪歩はさっさとバイキングコーナーへと直行した。
 響はともかく意外にノリノリだな、雪歩。

五郎「さて、俺も取りに行くとするか」

 焼き肉なんて久しぶりだ。思わずのどが鳴る。

51: >>49それは言わない約束だ 投稿日:2012/11/30(金) 03:09:02.80 ID:OIfOevpb0
 ややあって、三人分の食材がテーブルの上に並ぶことになった。

 カルビ、ハラミ、ロース、タン、ホルモン、ナス、ピーマン、カボチャ……。

 初回から飛ばしすぎ……いや、こんなものか。

 二人ともちゃんと野菜を持ってくるあたり、肉と飯さえあれば満足する俺とは大違いだ。

五郎「じゃ、各々焼いて各々喰うとしよう」

響雪歩「はい!」

 ……二人とも快諾してくれたが、焼き肉って本来ワイワイ食べるものだよな。

52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 03:13:36.40 ID:OIfOevpb0
 網の上で食材がジュウジュウと音を立てている。
 なんと食欲の湧くSEだろう。

 響は肉と野菜を半々くらい持ってきた。
 ガッツリ系かと思ったが、意外にベジタリアンなんだろうか。

 雪歩はというと、全体的に量は少なめで、種類重視と言ったところか。
 何より気になったのが、調味料の多さだった。

五郎「わさび……そういうのもあるのか」

雪歩「はい。カルビに乗せて食べると美味しいんです」

 ほう。良いことを聞いた。

53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 03:15:55.73 ID:OIfOevpb0
雪歩「牛カルビは軽めに焼くのがベストです。カルビに限らず、お肉をひっくり返すのは一度だけ……タイミングが重要なんです」

 そう言いながらも、カルビを返す雪歩の所作は淀みない。
 その目は真剣で、どこか輝いて見える。

雪歩「何度も返すと肉汁がこぼれちゃって美味しくなくなっちゃいますから」

五郎「なるほど……」

雪歩「……! ごごごごめんなさい! 偉そうに語っちゃって!」

響「事務所のみんなと行った時もやらかしたよね、雪歩」

雪歩「うぅ……恥ずかしい……」

 なかなか食に熱い少女らしい。
 いいじゃないか。好感が持てる。

54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 03:18:21.91 ID:OIfOevpb0
五郎「そろそろか……」

 俺はまだ赤みが残るカルビを網の上から掬った。
 そのままわさびをくるむように乗せ、醤油ダレをつけて口へ運ぶ。

五郎「はふ……もぐ……」

 これは……まるで刺身を食べているかのようだ。それでいて、ちゃんと肉だ。

 にんにくとはまた違ったパンチの効き方がある。
 いずれにせよ飯が進むことに変わりはない。

五郎「はぐ……むぐ……うん、米が美味い」

55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 03:20:21.71 ID:OIfOevpb0
雪歩「父やお弟子さんたちに教えてもらった食べ方なんです。お酒にも合うらしくって」

 お弟子さん……というのは何なんだろうか。
 まあ、深く聞かないでおこう。

五郎「あいにく俺は酒は飲めないが……確かに合いそうだ、これは」

響「あう……カボチャが焦げた……」

 そして向かい側で何をやっているんだ、響。

57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 03:23:10.57 ID:OIfOevpb0
五郎「焼き肉のときはいつも烏龍茶を飲んでるんだけど、やっぱりこういうのにもオススメのお茶はあるのか?」

雪歩「そうですね……やっぱり、焼き肉には黒豆茶ですね」

五郎「ほう」

 黒豆茶……馴染みが無いな。

雪歩「脂肪吸収を抑える効果はもちろん、なんと美肌・美白効果もあるんです!」

 ……そこで鼻息を荒くされても。

59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 03:25:49.12 ID:OIfOevpb0
雪歩「カフェインが入ってないので、子どもや妊婦さんにも安心の優しいお茶なんです……あっ!」

五郎「?」

雪歩「そういえば、井之頭さんのお土産ってご結婚のお祝いでしたよね……そっちにすれば良かったかな……」

 雪歩は考え込んでいるのか落ち込んでいるのかよくわからない複雑な表情のまま俯いた。

 なんというか……良い子だな。掛け値なしに。

63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 03:29:42.57 ID:OIfOevpb0
五郎「そうそう、そのお土産の件だけど」

雪歩「は、はい。どうでしたか?」

 同時にタンをひっくり返しながら、会話を続ける。

五郎「昨日ジョセフィーヌからメッセージが届いたよ。とても喜んでた」

雪歩「ホントですか!? 良かったぁ……」

五郎「雪歩のことも話したら、『是非お礼がしたい』って言ってたよ」

雪歩「え、えぇっ!? 大したことはしてませんし、そもそもお祝いの贈り物なのにお礼も何も……」

 細かいことは気にしなくていいんじゃないかな。
 タンも美味いし。

響「ああ……ナスも焦げた……」

五郎「……」

64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 03:33:50.49 ID:OIfOevpb0
…………

響「あー、食べた食べた」

五郎「結局野菜をほとんど全滅させたな、響……」

雪歩「あ、あの……今日はありがとうございました。ご馳走してもらっちゃって」

 何、むしろお礼を言いたいのはこちらの方だ。

五郎「こちらこそ。お茶とお菓子、ご馳走様」

雪歩「は、はい。また、お茶飲みに来てください」

 ……お茶だけ飲みに行くのは流石に迷惑じゃないのか。
 いや、あの高木社長なら快く迎えてくれるかもしれないが。

65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 03:36:31.07 ID:OIfOevpb0
雪歩「じゃあ、ここで失礼します。ありがとうございました」

響「じゃあねー、ゴロー! 今度は沖縄料理だからねー!」

五郎「……今日ので帳消しじゃなかったのか」

 溜め息混じりに呟く。
 俺は去りゆく二人の背を見送りながら、得体の知れない奇妙な満足感を味わっていた。

66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 03:39:56.17 ID:OIfOevpb0
 765プロは案外、ああいう所帯じみたアイドルが多いんだろうか。
 だとしたら……本格的にファンになってもいいかもしれないな。

五郎「……なんてな。何を血迷ってるんだか」

 焼き肉は一人で自由に食べる方が好きだったが……案外、雪歩となら美味い飯が食えるかもしれない。

五郎「日本茶と焼き肉……不思議な組み合わせだ」

 俺は車に乗り、煙草に火をつけた。

 次回までに、沖縄料理と焼き肉と……黒豆茶が置いてある店を探しておかないとな。

五郎「……いや、そんな店ないだろ……」


終わり

67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 03:42:28.37 ID:OIfOevpb0
こんな時間なのに読んでくれた人はありがとう
1129の日には間に合わなかったよ……

生っすか05の雪歩チャレンジ聞いてからこれやるしかないと思ってました
ではおやすみなさい

73: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/11/30(金) 04:01:34.70 ID:I+Mvf9vN0
おつ
お腹減ったぞこのやろ

引用元: �雪歩「焼き肉には黒豆茶ですね」井之頭五郎「ほう」